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柴田励司の人事の目

Indigo Blue メールマガジン

Vol.478 十を知るのに百を聞いてはいけない

OakキャピタルのCEOの竹井さんがFacebookの中で「知的直観力」について述べています。

「人により仕事力や知恵に差があり、期待通りの結果を出せない人がいる。その違いは
能力の差ではない。それは、知的直観力を生み出す「思考の器」の大きさの違いである。
問題解決や推理する器の小さな人には問題意識も生まれてこない。」

https://www.facebook.com/oakcapital.jp

確かに同じ事象を見ているのに、重要なことに「気づく人」と「気づかない人」がいます。
また、短時間のうちに物事の「本質を見抜き対応できる人」と、いつまでたっても
「本質に行きつかない人」がいます。その差は「知的直観力」にあるというのが竹井さんの見解です。

慧眼だと思います。

この「知的直観力の有り無し、竹井さんが言うところの「思考の器」の大きさですが、私は
「目の前のことを極めようとする姿勢」と「好奇心」の有り無しがそれを決めていると思います。

何かを極めるつもりで精進していくと「自分の型」ができるものです。「自分の型」ができると
強いです。何が出てきても、その「型」にあてはめて処理できるようになりますから。

例えば、パン屋の経営を極めるとラーメン屋の経営もできます。経営についての「自分の型」さえ
あれば、内容が変わっても"できる"ということです。

パン屋に求められる専門性とラーメン屋の専門性はもちろん違います。それぞれの専門家の方に
してみると、"パン屋ができたならラーメン屋もできる"は暴言だと思います。環境与件も違います。
しかし、経営という「型」から見ると、この専門性、環境与件の違いは"変数"なのです。

その道で良い仕事ができるヒトを見抜き、役割を設定し、そのヒトたちが思う存分仕事ができる
環境をつくる。必要な"武器"を与え、動機づけする。これです。専門性の違い、環境与件の違いは
決まったフォーミュラ(構造式)の中の変数なのです。

自分で執行もやろうとすると、この変数も自分がやることになりますから、それは大変です。
(無理です。)あくまでも「経営」という立場の話です。

「何かを極めるようとする姿勢」だけでは「思考の器」は大きくなりません。「好奇心」が必要です。
「好奇心」がない中で一つのことに精進していきますと、「好きなことをやるだけ」になります。
そうなると、自分が好きなこと以外の情報が目に入らなくなります。「思考の器」は広がりません。

世の中には数多の情報があり、数多のサインがあります。しかし、好きなことだけやっていると、
自分の好きなこと以外のサインに気づかないものです。いろいろなことに関心をもち、それぞれ
極めようとする。この取り組み姿勢が「思考の器」を広げることになります。

気をつけないといけないのは、"学歴的に優秀な人"たちです。

この人達は、極めるつもりまで精進しなくとも脳のメモリー(一時的な保存)の容量が多いので、
"一夜漬け"でそれなりの結果をだせてきています。いわばCut & Paste(ちょっと勉強して対応する)
でやれてきています。

これだと「思考の器」が広がらないので、「自分の型」ができていきません。その中で複雑な事象
への対応や経験したことのない事柄への対応を求められると一を聞いて十を知るのではなく、
十を知るために百を聞く人になります。そういう人が上にいると、下は完全に疲弊します。

先週、某講演後の懇親会で20代の若者から質問責めに遭いましたが、そこで申し上げたのは
"目の前のことに全力で取り組むこと"。"全力"で取り組んで極める、それがスタートです。
まずは四の五の言わずに何かを極める。それからですね。



おまけ:休みなしに稼働してきたらさすがに疲れました。身体から「イエローライト」のサイン
が出ました。この日曜、月曜はお休みします。(みなさまも疲れたら休みましょう。大事になる前に。)